適応障害は甘えか?

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適応障害は甘えなのか?経験者が語る本音

適応障害なんて単なる甘えという意見があります。

 

「環境や立場の変化は誰にだってあるし、誰だってそこに順応したり自分の責任を果たすために苦労をしているのだから、いちいち適応障害なんて便利な病名と診断書を持ってきて休もうとするなんて甘えだろう」という考えです。

 

私は過去に適応障害の診断を受け、休職から復職したものの病状が深刻化してしまい職場を振り回す形で退職しました。そして結局、その後2年近く自律神経失調症と重度の不眠症、抑うつ状態に苦しんだことがあります。

 

症状が苦しいのは明らかなのですが、それで周囲に迷惑をかけてしまった自責の念が今なお消えないというのも事実ですし、甘えと言われても反論できない苦しさは正直あります。なんせ、自分の果たすべき責任を無責任に放棄してしまったという事実は否定できないからです。

 

 

適応障害は甘えでは片づけられない症状があるのは確かですが…

適応障害と診断され、その周囲にいる人が「あれは単なる甘えだろ」と文句を言いたくなることもあるでしょう。

 

診断を受けた本人からすると、自分の果たすべき責任を果たせない自責の念、劣等感、なんとかしないといけないけどどうにもならない絶望感、不眠、吐き気や激しい頭痛、消えない消滅願望などと戦いながら、自分の役割を全うしようとしているので、甘えの一言で片づけられるのはとても悔しいという本音があります。

 

もちろん、こんなことで休むなんて甘えだと自分自身が一番よく分かっているので、なんとかこの状況を打破しようと試みるものの、病状がどんどん悪化し、思うように体が動かず完全にダウンしてしまうという経緯があります。

 

適応障害と診断されてしまったどうすればいいのか」の記事でも書きましたが、本人はなんとか頑張らないといけないという責任感があるのですが、それがどんどん悪い方向に進んでしまい、さらに周囲に迷惑をかけるという悪循環に陥りがちです。

 

周囲にいる人間からすると、迷惑を被ってばかりなので余計にイラつき腹を立てるので適応障害なんて単なる甘えだと感じてしまいます。結局はその人の自己管理能力が足りないだけだという印象を持ってしまうのでしょう。

 

「甘えじゃないよ」という答え引き出そうとするのが甘え

適応障害と診断され苦しんだ経験がある私からすると、適応障害は甘えではないと言い切れます。しかし、「医者も認めているし、こういう症状があるんだから甘えじゃないよね?」と他者に同意を求める行為そのものが甘えではないか、と思います。

 

一般的な良識のある人間であれば、適応障害の症状を理解していれば甘えではないことをよく知っています。それをいいことに、「甘えじゃないよ」という答えを引き出そうとする操作的な行為をすることで自分の行動を正当化しようとするのであれば、それは甘えだと思います。

 

適応障害と診断され、明らかな心身上の異常がみられる場合は医師や家族、同僚にきちんと状況を説明し、他者の協力を仰ぐのが適切な処置です。もちろん、それすら出来ないというほどに悪化しているケースもありますが、きちんと休みを貰ったり、状況を改善しようと協力してくれる人がいるのであれば、その人たちにそれ以上迷惑をかけないようにするのが最善です。

 

適応障害だと「頑張らないといけない」という強迫観念があって、休みを貰う=負けを認めると錯覚しがりになりますが、それ以上状況を悪化させないために今の自分を受け入れてあげることも必要です。



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